アスベスト疾患とは

アスベスト疾患とは

 アスベストばく露によっては肺病変として、じん肺症の1種である石綿肺と悪性腫瘍である肺がん、 また、胸膜病変として悪性腫瘍である中皮腫(腹膜、心膜、精巣 膜を含む)、 および非悪性の病変である良性石綿胸水(線維性胸膜炎)、びまん性胸膜肥厚が発生します。

1 石綿肺

 アスベスト高濃度ばく露によって発生するじん肺で、通常アスベストばく露から10年以上を経過して胸部単純写真上、両側下肺野外側を中心とした不整形陰影を呈します。また、不整形陰影が出現する前から、胸部聴診上両側肺底部に捻髪音を聴取することが多いようです。じん肺法では、じん肺標準フィルムの1型以上の所見を認める場合にのみ石綿肺と診断します。本疾患は石綿繊維の大量吸入によるじん肺症であるため、病理組織学的には石綿繊維が最も多く沈着する細気管支中心性のびまん性間質性肺炎の像を呈します。胸部画像上、慢性間質性肺炎との鑑別には注意が必要です。特にhigh resolution CT(HRCT)によるsubpleural dotsやcurvilinear linesというような石綿肺の早期病変は、細気管支周囲から線維化が末梢へと進展していく像を示すことから鑑別診断上有用です。しかし、石綿肺の診断基準では慢性間質性肺炎と鑑別ができないようなUIP型アスベスト肺というようなタイプも否定されていないので注意が必要です。

 診断における要点は職業性アスベストばく露歴により高濃度アスベストばく露が存在することを詳細に聴取することと、アスベストによる胸膜プラークの存在や肺組織内あるいは喀痰や気管支肺胞洗浄液中の石綿小体の証明が鑑別点となります。PR1型のような軽度の石綿肺は進展が遅く、慢性間質性肺炎のように進行が早くないことが特徴です。治療法は喀痰、咳や呼吸困難などの自覚症状に対する対症療法のみであるため、新たなアスベスト粉じん吸入を防止することが必要です。 石綿肺でも慢性間質性肺炎の治療薬であるニンテダニブが適応となりました。

2 石綿肺がん

 原則的には石綿肺に合併した肺がんを指しますが、必ずしも石綿肺を合併しない石綿肺がんの存在も明らかとなりました。1997年のへルシンキクライテリアでは、25石綿繊維/ml×年を満たすアスベストばく露により肺がんの発生が2倍になると報告されています。 この基準によれば、胸部単純写真上の胸膜プラークの存在だけでは肺がんの発生頻度は約1.6倍であるため、2倍以上になるためには、肺にアスベストによる線維化病変の存在が必要となります。環境省の石綿健康被害救済法ではこの基準を参考としています。一方、 日本の石綿肺がんの労災認定基準では肺がん発生頻度を2倍にするこの基準と職業性アスベストばく露期間を重要視して、認定基準の改正が2012年3月に行われました。

 アスベストばく露量が多くなれば肺がん発生頻度が高くなる量-反応関係が明らかにされています。発生部位あるいは組織型についても様々な報告がありますが、一般人の肺がんと相違はないと結論されています。また、喫煙がアスベストばく露とは独立した肺がん発生の因果関係となることが知られており、1979年にHammondらは非喫煙者で非アスベストばく露者の肺がん発生を1とした場合、喫煙者でアスベストばく露者では53.2倍であると報告しています。そのため、アスベストによる肺がん発生を防止するためには禁煙が必要です。アスベスト初回ばく露から肺がん発生までの潜伏期間は最低10年以上と言われているため、10年未満の場合には労災の対象とはなりません。

3 中皮腫

 中皮腫はアスベスト低濃度ばく露でも発生する悪性腫瘍で、肺がんとは異なり喫煙との関連性はなく、初回ばく露から40年以上の長い潜伏期間を要します。中皮腫が発生するまでには特に自覚症状もなく、突然息切れや胸痛で発症して、1年未満の生命予後しかないため、アスベストは静かなる時限爆弾であると称されます。発生部位別では胸膜の発生が約80%と圧倒的に多く、次いで腹膜が20%程度、その他の心膜および精巣 膜発生の頻度はわずかです。

(1)悪性中皮腫の診断

 胸膜中皮腫の初発症状では息切れと胸痛の頻度が最も多く、その他は咳や発熱です。その 80%以上の症例では胸水を伴う胸膜 病変で発生します。典型例では胸部CT上、胸腔内に突出する腫瘤陰影あるいは1cm以上の不整なびまん性胸膜肥厚像(環状胸膜肥厚)を呈し、肺を取り囲むように進展します。しかし、比較的早期病変はこの特徴的な所見を呈さない場合もあり、原因不明の胸膜炎あるいは結核性胸膜炎と診断されて、経過観察あるいは治療され、上述のような典型像を呈して、はじめて中皮腫と診断されることもあります。また、腹膜中皮腫の初発症状は主として腹部膨満感あるいは腹痛です。画像上は腹膜播種像や腹部腫瘤像を呈する症例が多く、女性の卵巣癌との鑑別が重要です。

 胸水検査で診断に有用な検査項目としてヒアルロン酸があります。 胸水中ヒアルロン酸のカットオフ値を100,000ng/mlとした場合診断価値は高いのですが、 確定診断とはなりません。確定診断のためには、腫瘍組織を用いた組織診断が不可欠です。 組織診断のうちエコーあるいはCTガイド下針生検の診断率は採取された組織が小さいので必ずしも高くなく、 胸腔鏡下胸膜生検で組織診断を行うことが推奨されています。 組織を用いた病理診断では、肉眼的には限局型とびまん型に分類されます。 限局型は有茎あるいは無茎性に胸膜から突出し、肺に浸潤することもありますが、比較的稀です。 大半はびまん型で、胸膜、腹膜に沿って増殖し、周辺臓器に浸潤する特徴があります。 病理組織のWHO分類では、上皮型、肉腫型、二相型の3型に大別されます。 頻度は上皮型が最も多く、肉腫型が最も少ないと報告されています。

 上皮型中皮腫と鑑別が必要な腫瘍として、肺腺癌や卵巣癌が問題となるため、 免疫組織化学的な手法で染色性を検討し、総合的な評価の下で鑑別を行います。 中皮腫の陽性マーカーとしてはcalretinin、WT1、D2-40、陰性マーカーとして、 claudin4、 CEA、TTF-1が挙げられています。

 肉腫型中皮腫と真の肉腫の鑑別では、calretininの陽性率が低いため、 pancyokeratinのAE1/AE3あるいはCAM5.2が有用であり、 その他D2-40の染色性を参考とし、陰性マーカーとしてS100,CD34,desmin等を参考とすることが報告されています。 二相型中皮腫では少なくともいずれかの成分が10%以上存在することを定義とされていますが、鑑別すべき疾患としては、 滑膜肉腫、肺癌肉腫、肺芽腫など二相性の増殖を示す腫瘍が問題となります。

 また、最近では早期中皮腫と線維性胸膜炎の鑑別診断マーカーとしてBAP1、MTAPが細胞核において欠失すると、中皮腫であると診断されるようになりました。また、p16遺伝子がFISH法で一定以上の欠失があれば、中皮腫と診断されます。

(2)悪性中皮腫の治療

手術療法:治癒を日的とする場合には、胸膜・肺とともに心膜および横隔膜を合併切除する胸膜肺全摘術(Extrapleural pneumonectomy:EPP)がありますが、対象は早期病変(stageIIまで)で70歳以下のperformance status(PS)の良好な左胸膜原発の症例に限られます。この治療に化学療法や放射線療法を加えた集学的治療が行われた場合には5年生存が可能です。症例を選択して施行することが求められます。一方、肺を温存する胸膜切除/肺剥皮術 (Pleurectomy/Decortication:P/D)を行い、腫瘍を肉眼的に完全に切除する方法が選択され、EPPと同程度の予後が得られると報告されています。そのため最近では、術後30日までの死亡率や合併症が多いEPPの代わりにP/Dが主流となっています。

② 放射線療法:放射線療法は単独では効果がないとされていますが、ドレーン挿入部の穴からの腫瘍浸潤の予防効果は認められています。

③ 化学療法:シスプラチン+ぺメトレキセド(アリムタ)+ビタミン療法が奏効率および生存期間に有意な効果のある治療方法です。 生存期間が有意に延長した併用化学療法はこの治療法だけです。 2018年に本治療が無効となった症例の2次治療法としてニボルマブが承認されました。
 また、 2021年には初期治療としてニボルマブ+イピリムマブの併用療法が承認され、現在では治療の主流となっています。

4 良性石綿胸水(線維性胸膜炎)

 アスベストばく露によって生じる非悪性の胸水を良性石綿胸水と呼びます。 臨床経過が良性であるという意味ではなく、非悪性の胸膜炎であり予後は必ずしも良くありません。 アスベストばく露後10年以内に発生する唯一の疾患ですが、潜伏期間は40年以上との報告もあります。 定義は 1)アスベストばく露歴がある 2)胸水が存在する 3)胸水を来す原因疾患が見あたらない  4)胸水発生後3年間悪性腫瘍が発生しない の4項目であり、除外診断が中心となります。 自覚症状がなく、健康診断等で偶然発見されることも多いのですが、胸痛や発熱などの自覚症状を伴うこともあります。 胸水の性状はしばしば血性で、細胞成分としてはリンパ球が増加することが多く、 胸水中に中皮腫を示唆するような悪性細胞は検出されません。胸水マーカーとしては、 ヒアルロン酸は100,000ng/ml未満で、adenine deaminase(ADA)やCEAは通常正常範囲内です。 経過は1~10か月(平均3か月)で自然消退することもありますが、胸水が残存して器質化胸水となり、 びまん性胸膜肥厚と同様な病態を来し、拘束性呼吸機能障害を残すこともあります。臨床的に診断しなければなりませんが、 確定診断の決め手がなく、胸腔鏡検査にて胸膜の観察を十分行い、生検にて胸膜中皮腫を鑑別する必要があります。我々は本疾患の診断基準として参考になる臨床研究成果をJournal of Occupational Health (62巻1号,2020)に掲載しました。

 治療としては、ステロイドが奏効することもありますが、治療方法として確立されたものはありません。 そのため、胸水が減少しないときには、持続ドレナージが必要なこともあります。

5 びまん性胸膜肥厚

 臓側胸膜の慢性線維性炎症で、病変が壁側胸膜に及び両胸膜が癒着した状態を呼びます。 広範囲の胸膜プラークとの鑑別が必要なので、胸部CTにて臓側胸膜の線維化病変であることを確認する必要があります。

 アスベストばく露による場合には良性石綿胸水後に発生することが多いのですが、 胸水を伴わず胸膜肥厚が進展することもあります。 また、結核性胸膜炎、心不全に伴う胸水貯留後、心臓の手術後等様々な原因により発生するので、 アスベストばく露歴を詳細に聴取しなければ原因が判らないことも多い疾患です。

 労災補償や石綿健康被害救済法の対象は、職業性アスベストばく露歴が3年以上あって、 胸部単純写真上の胸膜肥厚の広がりが片側性の場合には片側胸郭の2分の1以上、 両側性の場合には両側胸郭の4分の1以上あり、著しい呼吸機能障害を来す場合です。 呼吸機能障害は一般的には拘束性障害ですが、労災認定基準では閉塞性障害も考慮されています。 また、胸膜肥厚の厚みについては認定基準から外れました。我々は平成28年度の環境省委託研究で、 胸水が貯留していてもびまん性胸膜肥厚と考えてよい胸部C T画像における診断基準を作成し、現在、環境省の認定基準として採用されました。

 特別な治療法はなく、気管支拡張剤や低酸素血症に対して在宅酸素療法を行います。